2008年10月1日水曜日

超捻転拳


あまりパッとしない女の子達を連れてビルの中に作られた屋台村のようなトコロで軽く食事をして、外に出てみると雨が降っていた。
傘も持っていないし、じきに上がりそうだし、そういえばオナカもまだ満腹じゃないし…
もう少し飲み食べしようかな…と思い直し、もう一度中へ。
入り口脇にあるのは安くて新鮮なネタ自慢のお店。
値段を書いた黒板と一緒に氷見のブリとか美味しそうな生シラコとかステンレスのバットに並べて店の前に出してある。
これから仕込むのだ。

ちょっと吟味しようと思いバットをしげしげ覗き込んでいると横から
「おお、ここが安いよぉ。ここにしようここにしよう。すいません6人なんですけど〜」
抑制の効いていない声を張り上げながらちょっと間抜けそうな学生風がやって来た。
「おいおい4人だろう、俺たちはもうここにいるじゃないか」
見ると店の奥のテーブルにすでに6人のグループのウチ二人がもう座っている。
そして一つおいて一番手前のテーブルにも全く同じ外見の人物が二人、座っていて手招きしていた。

なんだか落ち着かなさそうな気がしてきたので、やっぱり飲み直すのは止めて再び外に出た。
先ほどとは違い雲の底の色がだいぶ薄くなってきていて、もうじき雨は上がりそうだった。

ふと、バスが表通りをふさぐ様に横向きに停まっているのに気がついた。いつから道を塞いでいたのだろう。一種異様な雰囲気の車体なので誰も文句を言わなかったのだろうか。
艶のないオリーブ色。マイクロバスとキャンピングカーっぽい二台が蛇腹で連結してある。軍隊から払い下げた特殊車両をちょっと改造している様だった。
しばらく見ていると次々同じ様なファッションセンスの一団が乗り込んでいく。どうも大家族とその友達一行が旅行中らしい。
そのうちエンジンがかかり、ディーゼルの黒い噴煙があがる、絶妙の車体感覚で歩道に乗り上げ電柱ピッタリまでバックして(それでも50センチくらいしか下がっていないのに)器用に一発で切り返し動き出す。すぐ側にある駐車場に空きが出来たのでそっちに移動するらしかった。

ほどなくして黄色い服を着た小学校中学年くらいの男の子が袋をさげて帰ってきた。こっちを見て気さくそうな笑顔を浮かべている。
思わず声をかけた。
「そのバスすごいね。何処から来たの?」
中に入れてもらう。

彼の袋の中を見せてもらうと、AYURAのマークがついたモノがいろいろ入っていた。
「あれ、アユーラが好きなの?男の子なのに?」
「そうなんや。いま学校でアユーラ流行ってんねん。マークもカッコエエやん」
金沢AYURAにしかないグッズをいろいろ買い込みに来たのだと言う。
私は以前ここのブランドイメージCDを作ったコトがあるので、思わぬ偶然にちょっと嬉しくなってきた。
「僕ね、昔AYURAのイメージをテーマにCD作ったコトあるんだよ。マークが盤面イッパイに印刷されているんだ。多分まだ、このマークの付いた自分の名刺も持っているよ。ちょっと探してみるね、それを君にあげるから連絡してね。CDも探しておくよ。」

ところがさんざん探してもいっこうに出てこない。違う人の名刺は沢山出てくるのに。
しょうがないので誰かの名刺の裏にペンで電話番号などを書こうとしたけど、今度は借してもらったペンが次々擦れて字が書けない。
やっとインクがちゃんと出るヤツで書こうとすると、今度は紙がインクをはじいて、書いたそばから、みるみるインクが表面を滑り出し全然違う表記になって定着した。
見かねた彼が自分達の連絡先を書いた紙を渡してくれた。不確かな字で電話番号だけ書いてあった。

振り返るといつの間にか、お父さんが帰ってきて窓から顔を覗かせていた。想像していたのとは違う、中小企業の技術者の様な風貌だった。たっぷりした髪を横分けにして、細かいストライプのワイシャツの下にTシャツをのぞかせ、柔和な笑顔。
こういう人ほど、いざとなったら一番コワイんだろうな…とふと思った。

「ウチの子なんかと話してもつまらないでしょう?」
「いえいえ、しっかりした面白い子ですね、ありがとうございました。そろそろ失礼します」
言いながら降りようとして、ステップに立ったらバスが動き出した。歩いて帰れる距離なのだけど、ウチまで送ってくれるというコトらしい。

なぜか一番下の子、たぶん5歳くらいの男の子がチョコンと運転席に乗っていた。

お父さんが横から「この子は運転がとっても上手なので、大体任せているんですよ」と満足げに言う。(上手とか、そういうことじゃ…(笑))
その子が狭い駐車場をすごい勢いでガンガン切り返している遠心力で振り落とされない様に、しっかり掴まっていると、出口まで来て一旦停止した。

「今までは、倍速だったけど、これからは通常に戻す?」
って彼が、幼い、くぐもった小さな声で尋ねる。
面白そうなので
「このまま、行って。でもこの先はすごく細い道もあるよ、このバス通り抜けられるの?」
と聞くと
「大丈夫、その時は僕のチョ〜ネンテンケン!が炸裂するからさ」
と今度は元気のいい甲高い、ちょっと鼻にかかった声で言う。

駐車場を出て最初の突き当たりを左に曲がると、はやくも用水沿いの幅が車一台半分位しかない道。さっそく向こうから白い乗用車が近づいてくる。
とてもすれ違い出来そうになかったけど、近づくにつれてその車はどんどん小さくなって来た。
「大きい車から見ると、まわりが小さく見えるだっけ…」そんなコトをぼんやり考えた。
対向車は大きさだけでなく、動きもだんだんヒョコヒョコし始め、ラジコンカーの様な挙動で脇を抜けていった。
用水にかかる狭い橋を、総ての角をギリギリに使って一発ですり抜け、いよいよ狭くてクネクネした城下町特有の路地に入って行く。
「ホントにぬけられるのかな…」
前方に明らかにこの車の横幅よりも狭そうな箇所が見えてきて、
そこにさらに軽自動車の対向車が来たその時、彼が「チョ〜ネンテンケ〜ン」と叫んだ。

同時に車のフロントガラスから見えている風景が、ドアの覗き穴から見える風景の様に歪みだした。車の進む方向だけ空間が歪んで広がっている様に見える。対向車も脇に逸れるに従い小さくなっていき、仕舞いには電柱脇にすっかり納まって待機している。
「こんなトコロ抜けるのはまだ簡単だよ。以前ナガタさんを仕事で乗せた時、渋谷の裏道で細いトコロあったなぁ」なんて思い出している。
別に魔法を使っているワケではないので限界もあるらしかった。

永田さんと仕事…こんな小さい子なのに…、永田さんはこの子のコト何にも言っていなかったよな…まだまだ知らない人脈広いんだな…今度東京に帰ったらちゃんと紹介してもらおう…などと考えているウチに犀川沿いの、ちょっとだけ広い道が路地の向こうに見えてきた。

また少し雨が降り始めたのか、道路はしっとり濡れていて水銀灯の白い光が綺麗に反射していた。

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