2007年3月4日日曜日

伊集院一族


京都の遠い親戚の家で、年に一度の多くの人達のあつまる行事が終わってバタバタと大勢が帰っていく中に私はいた。

広い三和土にはどれもこれもソックリの光沢のある黒いずんぐりした靴がごちゃごちゃ並んでいた。
自分の靴が見当たらず、側にいた女中なのか遠い親戚なのか分からない着物の女性に尋ねてみるとひときわ大きいずんぐりした靴の口に突き刺す様に入っている私の靴を出してきた。

どういう収納法なのかよく分からない。
他にもそういうふうにしてある靴がいくつもあった。

打ち水の撒かれた門までの飛び石の、
窪みにたまった僅かな水に弱い白熱灯の光が反射していた。
表は路面電車通の通る広い道、
城跡が近いこの辺りは木も多く、夜の始まりのいい香りのする風が漂っている。

間もなく花火がかなり近くで上がり始めた。
思わず見とれたが、辺りの人達は毎日のコトだからなのか特に観ている様子はなかった。
もう一つの靴を忘れていたコトを思い出し取りに行く。

そういえば私はここにしばらく滞在していたのだ。

戻ってみるとほんの僅かの時間しか経っていないのに、残っていた靴は全て箱に入って三和土と床板の間の隙間に二箱づつきっちり収まっていた。
せっかく片づけたのに、何をしに戻ってきたのか…と女中さんが二人、怪訝そうにしている。

探すのにすっかり手間取ってしまい表に戻ってくると、
友人達の様子がちょっとおかしい。
玄関脇の薄暗がりで私を取り囲み、独り言の様に地味に文句を言いはじめた。

どうやら乗るハズのバスに乗り遅れたらしい。

通りの向かい側のバス亭にはさっきまで大勢いた人達がキレイに居なくなっていた。
「あのバスを逃したせいで15分も無駄になる」とか、
「30分も待つコトになるなあ〜」などとまちまちなコトを言っている。

このまま文句を言わせておくのもな…。
計算してみてそんなに高くつかないコトが分かったので
流しのレンタカーを拾う。
(サスガ観光地京都だ。そんなモノがある)
運転していた学生アルバイト風の男は無愛想な顔のまま歩いて何処かへ行ってしまった。
クラウンをふやかした様なカタチなのに、乗り込んでみると運転席が最近自分が買い換えたばかりのドイツ車にソックリでしっくりきた。

うろ覚えの通りを右折左折しているウチに、いつの間にか真昼の様な白い明るい日差しの中を走っていた。
前は延々自分の拾った車と同じカタチの白い車がゆっくり連なって走っている。
陽炎の中、車列の前方に行くに従って蜃気楼の中のごとく距離感が喪失していた。
気が付くと反対車線を走っていた。
何台かこっちを向いて走ってくるけど、いっこうに距離は縮まらない。
左車線に戻ろうにも、車でいっぱいだった。

しばらく進むと、道路上に全部ウレタンで出来ている様な制服を着た交通警官が何人も立っていて、その誘導で今度は四車線の道を一車線づつ入り乱れて通行するコトになった。
でも一台一台がムカデの節みたいに繋がっているかの様に動いていて、
事故になりそうなカンジは一切なかった。

警官の顔はみな夜店で売っているお面みたいにツルツルしていた。
ますます距離感は喪失していき、
進んでいるのか止まっているのかすら分からない位になった。

大きなブラインドカーブを曲がると広場に出た。

先行車は一切消えて、また静かな夜に戻っていた。
当てずっぽうに一番広そうな左の道を行ってみると、間もなく薄暗い見捨てられた駐車場の様なスペースで行き止まった。
あんなに道路を埋め尽くしていた他の車はどうやら本格的に消えたみたいだった。
しょうがないのでまた広場に戻ってみた。

ちょっとだけ降った雪をかき集めて子供達が空き地に作ったスキー練習場の様な、
でたらめな勾配で構成された小さな盆踊り会場くらいの広場を中心に古い石造りのお店が並んでいた。

ほとんどの店は明かりを落としていて、
奥に人の気配はする店はあったけど通行人は全くいなかった。

チョゴリの様な配色の大きな垂れ幕をいくつも垂らした、中では一番大きなお店も、もう閉店が近いのかその垂れ幕を照らすライトは消灯しており、暗い空から何本も黒い滝が降りている様だった。

髪を短く切りそろえた中年の痩せた黒い服の店員が一人 愛想笑いを浮かべるでもなく、こちらを見ながら立っていた。

とりあえず、車を曖昧な角度のまま止めて一人が様子を聞きにいくコトにした。
後ろの席に残った内の一人は、さっそく携帯で友人に電話をし始めた。
その友人にはすぐ連絡がついたものの、共通の友人であるはずの‘中村’なんて知らない、
そもそも私達には‘な’で始まる友人などいないよ。と言われた。

私が携帯を取り出してみると、自分の携帯とはビミョーに違うカタチになっていて
いろいろ思い出す友人の名前は一切なかった。

垂れ幕のお店の左側に小さいショッピングモールの入り口があって、売れそうもないバックや服を均一価格で売るワゴンが仕舞い忘れた様に置いてあった。

店員は居なかったけど、傍らに所在なさげに太った男がブツブツ言いながら立っていた。
最初、精神薄弱者が独り言を呟いているのかと思ったけど、近づいてみると伊集院光にそっくりで、例の口調でさかんに何か話しかけてくる。
伊集院だろうと聞いても返事をしないので、しつこく聞くと‘今俺達の一族はあまり人気がないので今なら安い値段でファミリーになるコトが出来るよ’という意味のコトをちょっと不満げにしゃべった。

伊集院は何人もいるらしい。お金をはらって何かすると同じカタチになるというコトのか…

どうやらパラレルワールドに来たらしい。
車ごと5人も一緒に来られてよかったね、と言ったものの、
皆あまり賛同しているカンジもないし、
かと言って深刻に困った様子もない。
‘先が長くなりそうだから今のウチにトイレに行っておこう’と女性達が言い出したので、
そのままショッピングモールの中に入った。

彼女達がトイレに行っている間、モール内の閑散としたフードコートをうろつきながら遠い昔仕事でビデオクリップを作った曲の替え歌をふと思いつき、‘あなたもパラレル 私もパラレル’などと歌い出すとすぐに、側にいる友人とお互いを指さしながら陽気に盛り上がった。
ちょうど彼のツボに入ったらしく、たまに少し身を捩らせまでして笑っていた。

不安を感じている様子は微塵もなかった。

その友人は女装というワケでもないけど、スコットランドの民族衣装に似たカタチの白っぽいサテン生地のスカートを履いていた。
いつの間にか随分痩せてしまっていた。

もともとそういう趣味だったのか、この空間に入ってから徐々にそうなったのかもう今となってはよくわからなくなっていた。

とりあえず、自分もトイレに行っておこうと思った。