2008年12月28日日曜日

アンコールは摩天楼のヒロイン


私はピアノプレーヤーとしてそのバンドに参加していた。
ラスト1曲前で散々盛り上がってピアノを弾きながらゆっくり椅子ごと倒れて、倒れた姿勢のまま、弾き続けながらピアノごとステージから退場(ローディーの子達が押しているのだ)しばらくして、そのまま(倒れた姿勢のまま)めちゃくちゃなフレーズを弾きながら再登場するという趣向だ。
倒れた姿勢のまま、また体が移動するのを感じ始めたので、弾いている音数をだんだん多くしながら、またスポットライトの中に移動していった。

アンコールは何故か南良孝の古いナンバー「摩天楼のヒロイン」だ。
ピアノの弾き語りっぽいこの曲は見せ所。
起き上がってみると(一見フツーのピアノ椅子に見えるのだが、自動で起きあがる仕組みが組み込んであった)なぜだか私がステージの中央にいる。「まあ、いいか…」
大いに盛り上がりそのラストナンバーも終了した。

前席の方にいる、ずっと私の追っかけをやっている声の張った女が盛んに私の名を叫び&お客さんにきちんと挨拶をしろ!と言う。
しょうがないので役者がやる様に大きく両手を広げしっかりとした滑舌でお礼の挨拶を述べ、深々とお辞儀をした。

ところが顔をあげてみると・・・ちょっと全体のムードがヘンだ。
今まで前の方にいたお客さんが大方居なくなっている。

そうだ、今日は韓国から「このバンドのファンだ…」と予てから公言していたスター俳優がボーカルでゲスト参加していたのだ。
このコンサートのためにわざわざ来日、そして今からまた韓国に帰るのだ。
後ろの方の席がどかされていて、いつの間にか詰めかけた報道陣が陣取って、今か今かと超人気俳優のお出ましを待っている。

「彼も可哀相にな…たまたま歌番組で、見事な日本語でウチのバンドの曲を披露したばかっりにこういうコトになって…5曲くらいしか歌わなかったのに…待ち時間、日本語はほとんど分からないのだから、さぞかし退屈だっただろうな…」とかぼんやり考えた。

そのウチに、彼の登場(というかお帰り)が間近になり、彼のヒット曲のイントロが会場のスピーカーから流れ出した。ローディーの子達も一目見よう… と後ろの方に駆けつけている。せっかくステージにいるのだから、と曲に合わせてピアノを弾き出したみたら、CDとは微妙に音程がズレている。気持が悪いので止めた。

人気俳優も無事帰り、ファンの子達も交えた立食パーティーになった。

中に一人、ちょっと控えめなカンジの美しい人がいる。

人混みをテキトーにかき分けてその子の近くまで進み、とりあえず声をかけた。
「その服、いいね」みたいな…

話してみると、日本の人気俳優と一緒に日本各地を廻る番組の撮影のために、韓国から来ている、これから売りだそうとしている女優の卵なのだという。
なんだか話せば話すほど、悪くない。

あんまり私達2人が密着しているので周りのファン達が少々騒ぎ出した。
一緒に来ていた私のマネージャー兼恋人の方をチラッと伺うと、ちょっと暗い顔をしてこちらを睨んでいる。ちょっとマズイなぁ…

彼女がポケットからなにやら取り出した。取材用に渡されたマイクロレコーダーらしいのだか、使い方がよく分からないのだ、と言う。

「そういうのは、得意だよ…、ここはうるさいからちょっとあっちに行こう…」
と彼女を連れ出した。

パーティー会場の隣には、青い青い真昼の海に突き出した、高校の理科室みたいな部屋があった。そこに入って手にとっていろいろ見てみる。
それはiPod shuffleくらいの大きさで、両端に短い金色のプラグアダプター状のアンテナ?が突き出していた。
コードレスイヤホン(要は耳に入れる部分しかない)を両耳に付けてステレオモニターする仕組みだった。二組あるので、彼女と私が装着してテストするコトにした。彼女のお付きの女子(韓国語しか分からないらしい)が、訳も分からず私達を眺めていた。

「じゃあ、スイッチを入れるから…そうそう、あっ、そうじゃなくて、もっと本体を近づけてみると…、そうそう面白いだろう?」
とかテキトーに言いながら、私は彼女にますます近づいた。
非常にリアルな音像を結ぶ、面白いレコーダーではあるのだ。

彼女も全然嫌がっていない様なので、
そのまま夕暮れの公園にいる若いカップルの様な仕草を続けて(笑)、
いい雰囲気になってきた。

お付きの人と、もっと遠くに私のマネージャーも居るのだが…

なんだかほっとくとこの子はホントに私を好きになってしまいそうだ&でもやっぱり今日は愛するマネージャーと帰ろう…とふと思う。

「○○さんと二人では不安です、ご一緒しませんか」と盛んに言うのだけど「いや〜、あの人はかなり面白いし、全然大丈夫だよ。楽しんでおいでよ」なんて言っておく。

気を利かせたつもりか、お付きの人その2が、いつの間にか、ハンバーガーやケーキの詰め合わせを沢山買ってきて机に並べている。なんなんだ…

とにかくこの場は切り上げて帰らなくてはいけない…そう思った私は何故か

『ハンバーガーをバラして、レタスについているマヨネーズとかを丁寧に拭き取り』始めた。

その場でのその行為は「今は食べないよ…」という意志表示(暗に、今日はもう帰るよ、という意志表示)らしい。

それを見た彼女は「私にはこれからそんなに丁寧なコト出来る様になるかしら…」と何かシミュレーションし出している様な発言をしている。なんなんだ・・・

彼女の弟という角刈りの人物もやってきて「俺は口は悪いが、心は中はドウタラコウタラ…よ!未来の兄さん」なんて言う。

なんだか気のいいヤツだ(そんなコト言っている場合なのか)
ハンバーガーの処理を終え、今度はショートケーキの詰め合わせに取りかかった。
でも、これはどうしていいか分からない。下手なコトをするとヤバイことにもなりそうだ。

ケーキの間に紙を入れたり、戻したりしながら、しばし切羽詰まった。