2009年3月3日火曜日

手拍子委員会


天井がパノラマルーフになっている幅の広い軌道バスに乗って、未来的なビルの建ち並ぶ島々を結ぶハイウエイを新しい‘高速鉄道’に乗るために、最近出来たばかりのステーションビルに向かって移動していた。

夕暮れの濃い青空に浮かぶ、微かに赤みを帯びた雲が美しかった。ステーションの真下の片側三車線の真っ白なトンネルに入ると、外の光よりも遥かに明るいすっきりした光で満ちていた。

正面から巨大な銀色の鉛筆の様なカタチの列車が同じ軌道上をこっちへ向かってゆっくり移動してきて、そのままでは衝突する気がしたけど、程なく一両ずつ蛇腹状の連結部分が170度!ほど折れ曲がり軌道からそれて、となりにトンネル状に空いていた格納庫に器用に、すっぽり入っていった。

その間一切金属の擦れ合う音などはしなかった。

自分達の乗る予定の列車は地面の中を主に進む、銀色の巨大なミミズの様な乗り物だった。

乗り込む前にまず、その乗り物についての展示スペースに通された。スポンサーからの宣伝や簡単なレクチャーを受けなくてはいけないみたいだった。間もなくちょっとしたオープニングアトラクションが始まった。

それなりの映像効果と音の中、あちらこちらの壁がブーンという振動と共に順々にミミズのアタマ状に膨れあがり、それはこの乗り物が地中を力強く進むイメージを表現したモノらしかった。
お金のかかった演出だったけどあまりいいカンジはしなかった。

そのうち、スタッフ達が誰彼ともなく、なにやら話しかけ始めている。そばで聞いていると乗客を代表して何か一言ステージに登って話して欲しい、という交渉だった。
なんだか面倒なカンジになってきたので、しばらく隠れていようと思い、たまたま近くにあった階段で、すこしの時間だけ下のフロアーに避難するコトにした。

下に行ってみると、そこは最近改装したばかりの老舗の蕎麦屋だった。

古い建築意匠のまま、思いっきり明るい色の白木をふんだんに使った内装で、若女将をはじめ、店の従業員達の活気溢れる声が響いていた。
まもなく玄関でひときわ響くテノールの声がして、そこの名物出前持ちの老人が戻ってきた。古くからその店に伝わる宣伝文句を優しい節回しで唸りながら岡持をもって歩き回るのだそうだ。外から帰ってきてもそのまま、一節だけ名調子を聴かせてくれるのもこの店の名物で、お客達はみな、食べている手を休めてそっちを向いた。

自分はまだ席についてなかったので、そのまま玄関の方に行ってみると、老人が担いできたのは、岡持というより、江戸時代の夜鳴き蕎麦屋が引いていた屋台くらいの大きさの段違いの棚の様なモノで、小柄な老人はすっかりその陰に隠れて見えなかったけど、所々しか判らない古い言葉を使った優美な唄がその向こうから流れてきた。

一節唄い終わると常連客達が違う唄をリクエストし出した。「ぜひ久々にあれをやってくれないか…」そんな声がする。老人の快い承諾の声がすると店中はますます沸いた。とほとんど同時に老人は玄関脇のちょっと低めの神棚くらいの位置にしつらえてある、光沢のある黒い板の上に身軽に飛び乗った。

老人は日本猿が立ち上がっている位の大きさしかなかった。

飛脚の様な服を着ていて露出した皮膚は顔も体も全部濃いピンク色で、古いNHKの人形劇に出てきそうな、ざらざらした布で出来ているみたいだった。目だけは作り物ではない生命の光が宿って いたけど、白目の部分が無く全部鈍く輝く黒目だった。
老人は黒い板の上でひらりひらりと舞いながら唄い始め、皆それに合わせて手拍子をとりだした。音程の上下動を三分の一くらいに減らした炭坑節の様なメロディーだった。僕が一拍目と三拍目に叩いていると、何人かは二拍目と四拍目に叩いていて(要するに四拍全部手拍子がある状態)うるさい。

いつの間にか入り口に一番近いテーブルに黒いスーツを着た男女四人組が陣取り、分厚い本を何冊も広げながらさかんに議論している。手拍子を何拍目に入れるべきなのかを決定する委員会のメンバーだった。

議論に結論が出ないまま、うるさい手拍子が続いているまま、老人は唄い続けた。

0 件のコメント:

コメントを投稿