2009年7月8日水曜日
よろずのことは、月観るにこそ
東京の自宅マンションの窓からも、年に何回か素敵な月が眺められるコトもある。
なんていうだろう、モチロン満月は一年に12回やってくるけど趣がね・・・
低い薄い雲が早く動いているコトからも分かるけど、風も心地良い夜。
兼好法師の「この出だしは何だっけ・・・」と読み返してみると(二十一段)
「月、花はいうまでもないが、風は、特に、人間に興趣を感じる心を催させるもののようだ。・・・」(安良岡康作氏訳)とも書いてある。
何度も読んだつもりだったんだけど「こんなコト言っていたっけ?おお!」ってちょっとウレシイ気分。
あなたも風派でしたか。
2009年6月8日月曜日
2009年6月6日土曜日
PMC
百万石まつりの当日、
エフエム石川の西坂さんに案内して頂き金沢工業大学のPMCへ
巨大なレコードアーカイブ。
日々インデックス化が進んでいて20万枚近くある蔵盤は一目瞭然。
で、自由に試聴が出来る。(10数席用意されたボディソニックシートで・・・)
DJ界を中心に世界的にそこそこ知れ渡っているのも納得。
同行のTさんは自分がプロデュースした数々の名盤を見つけてご満悦。
桃源郷
そしてとても、とても大切な未来へ向けての財産。
僕たちは普段ずいぶん簡略化されたCDやAAC音源を聴いているからね。
2009年5月9日土曜日
2009年5月1日金曜日
夕暮れタイムトンネル
白い壁と透明なガラスで出来たこの建物は金澤の刻々と移りゆく光を映してそれ自体が鑑賞対象。 タレルさんの部屋から眺める切り取られた空もいいけど(実は・・・空から降ってくる音もかなりイイ)こういう時間の(マジックアワーの)外観は思わず息を呑む。
すっかり青いとばりが降りてきた空と明るく輝く室内の対比がちょっと不思議。あちらこちらに異次元の狭間がある金澤、ここにも次元のズレがありそうだ。
すっかり青いとばりが降りてきた空と明るく輝く室内の対比がちょっと不思議。あちらこちらに異次元の狭間がある金澤、ここにも次元のズレがありそうだ。
2009年4月14日火曜日
2009年4月13日月曜日
W次元坂
文学作品にもたびたび取り上げられ、そのちょっと洒落たネーミングとも相まって、金澤でも有名な坂。
古い坂の骨格や石組み、趣は最大限に残しつつ、絶妙なさじ加減でリニューアルされた現代版 W坂。
(金沢市はこういうのとても上手。いつも感心)
ここは藩政期に奥方へのサービスとして城から桜霞を眺めるために桜を植えたあたり(優雅な話。昔は桜畠と言った)渋い石垣と桜のマッチングはいかにも金澤。
石段を踏むたび、角を曲がるたび、どんどん変化する眺めを味わっているうちに、いつのまにか降りて(上って)しまう。
寺町台地と犀川河畔というキッチリ隣接している異界を結ぶ坂。
2009年3月13日金曜日
ナイトメディテーションバスコレクション、再び

去年の11月に限定発売され、すぐに完売してしまった
アユーラ ナイトメディテーションバスコレクションが
今度は桜色のプレーヤーになって限定発売中。
思い返せば…いつだったっけ…20世紀の終わり頃か…
「アユーラブランドを浸透させるイベント会場に流す音楽を…」
というオーダーで作った数曲が好評で
(自分自身とても気に入った仕事)
その後
「聴いてリラックスして、綺麗になる」という商品企画が立ち上がり
アユーラCD「快」が発売され・・・
そして去年の夏
このアルバムを組み込んだ素敵な限定商品の話を頂き…
そしてまたニューバージョンの発売…
アユーラを通して
「こういう機会がなければ接しなかったであろう人達」
の耳にも私の音楽が届いているんだろうな〜と想像すると
とてもウレシイ♪
ブログの表題にもあるように
「金澤を愛する作曲家」の
金澤での美しい記憶を元に作られた曲が沢山収録されています。
地元の人達にも沢山愛聴してもらいたいモノ
2009年3月3日火曜日
手拍子委員会
天井がパノラマルーフになっている幅の広い軌道バスに乗って、未来的なビルの建ち並ぶ島々を結ぶハイウエイを新しい‘高速鉄道’に乗るために、最近出来たばかりのステーションビルに向かって移動していた。
夕暮れの濃い青空に浮かぶ、微かに赤みを帯びた雲が美しかった。ステーションの真下の片側三車線の真っ白なトンネルに入ると、外の光よりも遥かに明るいすっきりした光で満ちていた。
正面から巨大な銀色の鉛筆の様なカタチの列車が同じ軌道上をこっちへ向かってゆっくり移動してきて、そのままでは衝突する気がしたけど、程なく一両ずつ蛇腹状の連結部分が170度!ほど折れ曲がり軌道からそれて、となりにトンネル状に空いていた格納庫に器用に、すっぽり入っていった。
その間一切金属の擦れ合う音などはしなかった。
自分達の乗る予定の列車は地面の中を主に進む、銀色の巨大なミミズの様な乗り物だった。
乗り込む前にまず、その乗り物についての展示スペースに通された。スポンサーからの宣伝や簡単なレクチャーを受けなくてはいけないみたいだった。間もなくちょっとしたオープニングアトラクションが始まった。
それなりの映像効果と音の中、あちらこちらの壁がブーンという振動と共に順々にミミズのアタマ状に膨れあがり、それはこの乗り物が地中を力強く進むイメージを表現したモノらしかった。
お金のかかった演出だったけどあまりいいカンジはしなかった。
そのうち、スタッフ達が誰彼ともなく、なにやら話しかけ始めている。そばで聞いていると乗客を代表して何か一言ステージに登って話して欲しい、という交渉だった。
なんだか面倒なカンジになってきたので、しばらく隠れていようと思い、たまたま近くにあった階段で、すこしの時間だけ下のフロアーに避難するコトにした。
下に行ってみると、そこは最近改装したばかりの老舗の蕎麦屋だった。
古い建築意匠のまま、思いっきり明るい色の白木をふんだんに使った内装で、若女将をはじめ、店の従業員達の活気溢れる声が響いていた。
まもなく玄関でひときわ響くテノールの声がして、そこの名物出前持ちの老人が戻ってきた。古くからその店に伝わる宣伝文句を優しい節回しで唸りながら岡持をもって歩き回るのだそうだ。外から帰ってきてもそのまま、一節だけ名調子を聴かせてくれるのもこの店の名物で、お客達はみな、食べている手を休めてそっちを向いた。
自分はまだ席についてなかったので、そのまま玄関の方に行ってみると、老人が担いできたのは、岡持というより、江戸時代の夜鳴き蕎麦屋が引いていた屋台くらいの大きさの段違いの棚の様なモノで、小柄な老人はすっかりその陰に隠れて見えなかったけど、所々しか判らない古い言葉を使った優美な唄がその向こうから流れてきた。
一節唄い終わると常連客達が違う唄をリクエストし出した。「ぜひ久々にあれをやってくれないか…」そんな声がする。老人の快い承諾の声がすると店中はますます沸いた。とほとんど同時に老人は玄関脇のちょっと低めの神棚くらいの位置にしつらえてある、光沢のある黒い板の上に身軽に飛び乗った。
老人は日本猿が立ち上がっている位の大きさしかなかった。
飛脚の様な服を着ていて露出した皮膚は顔も体も全部濃いピンク色で、古いNHKの人形劇に出てきそうな、ざらざらした布で出来ているみたいだった。目だけは作り物ではない生命の光が宿って いたけど、白目の部分が無く全部鈍く輝く黒目だった。
老人は黒い板の上でひらりひらりと舞いながら唄い始め、皆それに合わせて手拍子をとりだした。音程の上下動を三分の一くらいに減らした炭坑節の様なメロディーだった。僕が一拍目と三拍目に叩いていると、何人かは二拍目と四拍目に叩いていて(要するに四拍全部手拍子がある状態)うるさい。
いつの間にか入り口に一番近いテーブルに黒いスーツを着た男女四人組が陣取り、分厚い本を何冊も広げながらさかんに議論している。手拍子を何拍目に入れるべきなのかを決定する委員会のメンバーだった。
議論に結論が出ないまま、うるさい手拍子が続いているまま、老人は唄い続けた。
2009年1月30日金曜日
Spontaneous
今年の年賀状、兼どあノブイメージポストカード。
私は冬の金澤の空がかなり好き。
目まぐるしく天候が移り変わり
雲のグレーは幾重にも折り重なり・・・とても味わい深い。
これは2009年1月2日の金澤。
この日は雲間から太陽が差す中、
音をたてて霰が降り注ぐ、金澤冬日和。
※「金澤冬の回り舞台」としてもっか提唱中
「Spontaneous」は妻の提案。カラスがとても楽しく自由そうに見えるでしょ。
同じ1月に撮影場所の21美でも「スポンティニアス」なるものへ・・・
というトークショーがあったみたい。
これもちょっとしたいい偶然。
2009年1月28日水曜日
ウツボカズラ
ジロウが
「今日のお祭りに屋台を出すから、元締めに挨拶に行く」というので、
私も一緒について行った。
古い小さい薄暗い商家の、番頭が座っていそうな場所に元締めは座っていた。
彼以外は誰もいなかった。ジロウが彼に向かって中腰になり
「おひけぇなすって~」みたいなカンジではじまる挨拶をはじめた。
自分もとりあえず中腰になってじっとしていた(笑)
話も終わり「まあ、頑張りな…」みたいな、打ち解けた雰囲気になってきたので
私はトイレを借りるコトにした。(お酒を飲んで寝るから、よくトイレに行く夢を観るんだ)
たたきの奥にある…と言われドアを開けてみると片一方の壁が床から天井まで全部ガラス張りの小さい個室になっていた。
あとの壁はタールを塗った様な焦げ茶色の板張りだった。
ガラスの向こうは、雑草が生い茂る小さな庭みたいなスペース。
一応外からは誰も入れないらしい。
一メートル先くらいに隣のウチの古い崩れかけた土塀があった。
午後の光を浴びて薄茶化ていた。
確かに誰にも見られないから、これでいいんだろう。
外を見ながらなんて、なかなか洒落ている。
外をよく見てみると、雑草だと思っていたモノのほとんどは、ウツボカズラだった。
こんな場所に群生して…大丈夫なのかな。
なんて思いながら、
初めて実際に、お目にかかるその食虫植物に、ちょっと見とれていた。
2009年1月2日金曜日
2008年12月28日日曜日
アンコールは摩天楼のヒロイン
私はピアノプレーヤーとしてそのバンドに参加していた。
ラスト1曲前で散々盛り上がってピアノを弾きながらゆっくり椅子ごと倒れて、倒れた姿勢のまま、弾き続けながらピアノごとステージから退場(ローディーの子達が押しているのだ)しばらくして、そのまま(倒れた姿勢のまま)めちゃくちゃなフレーズを弾きながら再登場するという趣向だ。
倒れた姿勢のまま、また体が移動するのを感じ始めたので、弾いている音数をだんだん多くしながら、またスポットライトの中に移動していった。
アンコールは何故か南良孝の古いナンバー「摩天楼のヒロイン」だ。
ピアノの弾き語りっぽいこの曲は見せ所。
起き上がってみると(一見フツーのピアノ椅子に見えるのだが、自動で起きあがる仕組みが組み込んであった)なぜだか私がステージの中央にいる。「まあ、いいか…」
大いに盛り上がりそのラストナンバーも終了した。
前席の方にいる、ずっと私の追っかけをやっている声の張った女が盛んに私の名を叫び&お客さんにきちんと挨拶をしろ!と言う。
しょうがないので役者がやる様に大きく両手を広げしっかりとした滑舌でお礼の挨拶を述べ、深々とお辞儀をした。
ところが顔をあげてみると・・・ちょっと全体のムードがヘンだ。
今まで前の方にいたお客さんが大方居なくなっている。
そうだ、今日は韓国から「このバンドのファンだ…」と予てから公言していたスター俳優がボーカルでゲスト参加していたのだ。
このコンサートのためにわざわざ来日、そして今からまた韓国に帰るのだ。
後ろの方の席がどかされていて、いつの間にか詰めかけた報道陣が陣取って、今か今かと超人気俳優のお出ましを待っている。
「彼も可哀相にな…たまたま歌番組で、見事な日本語でウチのバンドの曲を披露したばかっりにこういうコトになって…5曲くらいしか歌わなかったのに…待ち時間、日本語はほとんど分からないのだから、さぞかし退屈だっただろうな…」とかぼんやり考えた。
そのウチに、彼の登場(というかお帰り)が間近になり、彼のヒット曲のイントロが会場のスピーカーから流れ出した。ローディーの子達も一目見よう… と後ろの方に駆けつけている。せっかくステージにいるのだから、と曲に合わせてピアノを弾き出したみたら、CDとは微妙に音程がズレている。気持が悪いので止めた。
人気俳優も無事帰り、ファンの子達も交えた立食パーティーになった。
中に一人、ちょっと控えめなカンジの美しい人がいる。
人混みをテキトーにかき分けてその子の近くまで進み、とりあえず声をかけた。
「その服、いいね」みたいな…
話してみると、日本の人気俳優と一緒に日本各地を廻る番組の撮影のために、韓国から来ている、これから売りだそうとしている女優の卵なのだという。
なんだか話せば話すほど、悪くない。
あんまり私達2人が密着しているので周りのファン達が少々騒ぎ出した。
一緒に来ていた私のマネージャー兼恋人の方をチラッと伺うと、ちょっと暗い顔をしてこちらを睨んでいる。ちょっとマズイなぁ…
彼女がポケットからなにやら取り出した。取材用に渡されたマイクロレコーダーらしいのだか、使い方がよく分からないのだ、と言う。
「そういうのは、得意だよ…、ここはうるさいからちょっとあっちに行こう…」
と彼女を連れ出した。
パーティー会場の隣には、青い青い真昼の海に突き出した、高校の理科室みたいな部屋があった。そこに入って手にとっていろいろ見てみる。
それはiPod shuffleくらいの大きさで、両端に短い金色のプラグアダプター状のアンテナ?が突き出していた。
コードレスイヤホン(要は耳に入れる部分しかない)を両耳に付けてステレオモニターする仕組みだった。二組あるので、彼女と私が装着してテストするコトにした。彼女のお付きの女子(韓国語しか分からないらしい)が、訳も分からず私達を眺めていた。
「じゃあ、スイッチを入れるから…そうそう、あっ、そうじゃなくて、もっと本体を近づけてみると…、そうそう面白いだろう?」
とかテキトーに言いながら、私は彼女にますます近づいた。
非常にリアルな音像を結ぶ、面白いレコーダーではあるのだ。
彼女も全然嫌がっていない様なので、
そのまま夕暮れの公園にいる若いカップルの様な仕草を続けて(笑)、
いい雰囲気になってきた。
お付きの人と、もっと遠くに私のマネージャーも居るのだが…
なんだかほっとくとこの子はホントに私を好きになってしまいそうだ&でもやっぱり今日は愛するマネージャーと帰ろう…とふと思う。
「○○さんと二人では不安です、ご一緒しませんか」と盛んに言うのだけど「いや〜、あの人はかなり面白いし、全然大丈夫だよ。楽しんでおいでよ」なんて言っておく。
気を利かせたつもりか、お付きの人その2が、いつの間にか、ハンバーガーやケーキの詰め合わせを沢山買ってきて机に並べている。なんなんだ…
とにかくこの場は切り上げて帰らなくてはいけない…そう思った私は何故か
『ハンバーガーをバラして、レタスについているマヨネーズとかを丁寧に拭き取り』始めた。
その場でのその行為は「今は食べないよ…」という意志表示(暗に、今日はもう帰るよ、という意志表示)らしい。
それを見た彼女は「私にはこれからそんなに丁寧なコト出来る様になるかしら…」と何かシミュレーションし出している様な発言をしている。なんなんだ・・・
彼女の弟という角刈りの人物もやってきて「俺は口は悪いが、心は中はドウタラコウタラ…よ!未来の兄さん」なんて言う。
なんだか気のいいヤツだ(そんなコト言っている場合なのか)
ハンバーガーの処理を終え、今度はショートケーキの詰め合わせに取りかかった。
でも、これはどうしていいか分からない。下手なコトをするとヤバイことにもなりそうだ。
ケーキの間に紙を入れたり、戻したりしながら、しばし切羽詰まった。
2008年10月28日火曜日
錦鯉
引っ越してきてからここ半年以上
ずっと手付かずだった奥の部屋を整理したいと思った。
もともと家財道具は少なくメインで生活している手前の部屋も充分ガランとしているけど
すぐには使わないモノを全部、奥の部屋に整頓して押し込んでしまおうと思ったのだ。
こういうコトは思い立ったらすぐやらずにはいられなくなるタチだ。
どうしてなのか…奥の部屋は前の住人の痕跡がいろいろ残ったままだ。
引っ越しする度に、こういうコトは今まで何度かあったけど。
例えば左の壁のちょっと高いトコロに後付けした意味不明の違い棚、まあこれはヨシとして…
突き当たりの壁一面に、点々と写真とそれに付随した一言コメントがノートを細長く手で千切った様な紙に書いて張ってあるのだ。
第二次大戦中のヨーロッパ、休暇中の兵士が地元の女性達と撮ったスナップ、という雰囲気のモノが多かった。
メモ書きには voia oue aisとか、何語かよく分からないけど響きの良さそうな短い言葉が、細いクレヨンみたいな筆跡で綴ってあった。
右端には古い洒落たギャング映画の大きなポスターが張ってある。
今まで全然気が付かなかったんだけど、注視していると人物がゆっくりループで動いている!
「あれっ?」と思って振り返ると部屋の入り口付近、机の上うずたかく積み上がった
PC雑誌やソフトの箱のてっぺんに置いてあるプロジェクターからこちらに投影している…
三コマくらいが上手い具合にクロスフェードして動いている様に見える仕組みらしかった。
確かにカシャカシャいっている。
引っ越して以来、ずっとこの電気代を払っていたのか…
さらに見ていくともう一枚、やはり動く小さいポスターがあって、振り返るとそれもやっぱり小さいプロジェクターが投影していた。
突き当たりの壁は大きな三枚のパネルで出来ていて微かな隙間があった。
覗いてみると部屋から漏れ射し込む光くらいではまだ奥まで達しないらしく、真っ暗だ。
どうやらそこそこ広い空間がまだその先に広がっているらしい。
いつの間にか大家さんがクリーム色の作業服を着たおじさんを従えてやってきている。
左の壁をとりあえずハズしてもらう。
そこにはタンスと、その上に大きめの水槽があった。ここにも電気が通っていて、ポンプなどは正常に作動している。澄んだ水の中、色鮮やかな死骸が積み重なっていて、
その上にほんの少しだけ、生き残った魚がゆっくり漂う様に泳いでいた。
真っ暗な中で死んだ魚を食べてこれまで生き延びてきたらしかった。
真ん中のパネルをはずすとガラスが湾曲した大きな水槽があった。こっちの水槽には沢山の魚が泳いでいた。巨大な金魚と、小さくした錦鯉ふうが沢山泳いでいた。
久々に射し込んできた光に、鮮やかな白と赤の模様が艶めかしい。死骸もそんなに見あたらなかった。
エサも与えられずに真っ暗な中で今までどうやって生きてきたのだ?
一瞬綺麗に思うのだけど、全体としてやっぱり気持ち悪いし、どうにかしたい。
でも見に来た大家さんはどうも
「このまま放っておきたい&もしも撤去したくても費用は一切払わない」つもりらしかった。
明らかにそういう顔をしていた。
2008年10月12日日曜日
鼓門
金沢駅のシンボル鼓門と二つの航空会社系列ホテルが、
満月をはさんで鼎談中。オンリーワンの見事なデザイン。
何にも似ていないのに、どこか馴染みがあり、そして風格も兼ね備えている・・・
と思う。金沢市の英断に拍手。
異を唱える人もいると聞くけど、気にしない気にしない。
尾山神社の門も出来た当初は「あんなヘンテコなものは壊してしまえ・・・」なんて過激なご意見にも見舞われたコトもあったけど、歴史を経て優雅な名所になりました。(実を言うと私も子供の頃は「ちょっとヘンテコだな・・・」と思っていた記憶アリ。ハハハ
金澤は「歴史的なモノ」が多く残る街だけど、未来に残る新しいモノを生み出す力も持った街
私はどちらかというと、後者に敬意を表したい。
2008年10月3日金曜日
2008年10月1日水曜日
超捻転拳
あまりパッとしない女の子達を連れてビルの中に作られた屋台村のようなトコロで軽く食事をして、外に出てみると雨が降っていた。
傘も持っていないし、じきに上がりそうだし、そういえばオナカもまだ満腹じゃないし…
もう少し飲み食べしようかな…と思い直し、もう一度中へ。
入り口脇にあるのは安くて新鮮なネタ自慢のお店。
値段を書いた黒板と一緒に氷見のブリとか美味しそうな生シラコとかステンレスのバットに並べて店の前に出してある。
これから仕込むのだ。
ちょっと吟味しようと思いバットをしげしげ覗き込んでいると横から
「おお、ここが安いよぉ。ここにしようここにしよう。すいません6人なんですけど〜」
抑制の効いていない声を張り上げながらちょっと間抜けそうな学生風がやって来た。
「おいおい4人だろう、俺たちはもうここにいるじゃないか」
見ると店の奥のテーブルにすでに6人のグループのウチ二人がもう座っている。
そして一つおいて一番手前のテーブルにも全く同じ外見の人物が二人、座っていて手招きしていた。
なんだか落ち着かなさそうな気がしてきたので、やっぱり飲み直すのは止めて再び外に出た。
先ほどとは違い雲の底の色がだいぶ薄くなってきていて、もうじき雨は上がりそうだった。
ふと、バスが表通りをふさぐ様に横向きに停まっているのに気がついた。いつから道を塞いでいたのだろう。一種異様な雰囲気の車体なので誰も文句を言わなかったのだろうか。
艶のないオリーブ色。マイクロバスとキャンピングカーっぽい二台が蛇腹で連結してある。軍隊から払い下げた特殊車両をちょっと改造している様だった。
しばらく見ていると次々同じ様なファッションセンスの一団が乗り込んでいく。どうも大家族とその友達一行が旅行中らしい。
そのうちエンジンがかかり、ディーゼルの黒い噴煙があがる、絶妙の車体感覚で歩道に乗り上げ電柱ピッタリまでバックして(それでも50センチくらいしか下がっていないのに)器用に一発で切り返し動き出す。すぐ側にある駐車場に空きが出来たのでそっちに移動するらしかった。
ほどなくして黄色い服を着た小学校中学年くらいの男の子が袋をさげて帰ってきた。こっちを見て気さくそうな笑顔を浮かべている。
思わず声をかけた。
「そのバスすごいね。何処から来たの?」
中に入れてもらう。
彼の袋の中を見せてもらうと、AYURAのマークがついたモノがいろいろ入っていた。
「あれ、アユーラが好きなの?男の子なのに?」
「そうなんや。いま学校でアユーラ流行ってんねん。マークもカッコエエやん」
金沢AYURAにしかないグッズをいろいろ買い込みに来たのだと言う。
私は以前ここのブランドイメージCDを作ったコトがあるので、思わぬ偶然にちょっと嬉しくなってきた。
「僕ね、昔AYURAのイメージをテーマにCD作ったコトあるんだよ。マークが盤面イッパイに印刷されているんだ。多分まだ、このマークの付いた自分の名刺も持っているよ。ちょっと探してみるね、それを君にあげるから連絡してね。CDも探しておくよ。」
ところがさんざん探してもいっこうに出てこない。違う人の名刺は沢山出てくるのに。
しょうがないので誰かの名刺の裏にペンで電話番号などを書こうとしたけど、今度は借してもらったペンが次々擦れて字が書けない。
やっとインクがちゃんと出るヤツで書こうとすると、今度は紙がインクをはじいて、書いたそばから、みるみるインクが表面を滑り出し全然違う表記になって定着した。
見かねた彼が自分達の連絡先を書いた紙を渡してくれた。不確かな字で電話番号だけ書いてあった。
振り返るといつの間にか、お父さんが帰ってきて窓から顔を覗かせていた。想像していたのとは違う、中小企業の技術者の様な風貌だった。たっぷりした髪を横分けにして、細かいストライプのワイシャツの下にTシャツをのぞかせ、柔和な笑顔。
こういう人ほど、いざとなったら一番コワイんだろうな…とふと思った。
「ウチの子なんかと話してもつまらないでしょう?」
「いえいえ、しっかりした面白い子ですね、ありがとうございました。そろそろ失礼します」
言いながら降りようとして、ステップに立ったらバスが動き出した。歩いて帰れる距離なのだけど、ウチまで送ってくれるというコトらしい。
なぜか一番下の子、たぶん5歳くらいの男の子がチョコンと運転席に乗っていた。
お父さんが横から「この子は運転がとっても上手なので、大体任せているんですよ」と満足げに言う。(上手とか、そういうことじゃ…(笑))
その子が狭い駐車場をすごい勢いでガンガン切り返している遠心力で振り落とされない様に、しっかり掴まっていると、出口まで来て一旦停止した。
「今までは、倍速だったけど、これからは通常に戻す?」
って彼が、幼い、くぐもった小さな声で尋ねる。
面白そうなので
「このまま、行って。でもこの先はすごく細い道もあるよ、このバス通り抜けられるの?」
と聞くと
「大丈夫、その時は僕のチョ〜ネンテンケン!が炸裂するからさ」
と今度は元気のいい甲高い、ちょっと鼻にかかった声で言う。
駐車場を出て最初の突き当たりを左に曲がると、はやくも用水沿いの幅が車一台半分位しかない道。さっそく向こうから白い乗用車が近づいてくる。
とてもすれ違い出来そうになかったけど、近づくにつれてその車はどんどん小さくなって来た。
「大きい車から見ると、まわりが小さく見えるだっけ…」そんなコトをぼんやり考えた。
対向車は大きさだけでなく、動きもだんだんヒョコヒョコし始め、ラジコンカーの様な挙動で脇を抜けていった。
用水にかかる狭い橋を、総ての角をギリギリに使って一発ですり抜け、いよいよ狭くてクネクネした城下町特有の路地に入って行く。
「ホントにぬけられるのかな…」
前方に明らかにこの車の横幅よりも狭そうな箇所が見えてきて、
そこにさらに軽自動車の対向車が来たその時、彼が「チョ〜ネンテンケ〜ン」と叫んだ。
同時に車のフロントガラスから見えている風景が、ドアの覗き穴から見える風景の様に歪みだした。車の進む方向だけ空間が歪んで広がっている様に見える。対向車も脇に逸れるに従い小さくなっていき、仕舞いには電柱脇にすっかり納まって待機している。
「こんなトコロ抜けるのはまだ簡単だよ。以前ナガタさんを仕事で乗せた時、渋谷の裏道で細いトコロあったなぁ」なんて思い出している。
別に魔法を使っているワケではないので限界もあるらしかった。
永田さんと仕事…こんな小さい子なのに…、永田さんはこの子のコト何にも言っていなかったよな…まだまだ知らない人脈広いんだな…今度東京に帰ったらちゃんと紹介してもらおう…などと考えているウチに犀川沿いの、ちょっとだけ広い道が路地の向こうに見えてきた。
また少し雨が降り始めたのか、道路はしっとり濡れていて水銀灯の白い光が綺麗に反射していた。
2008年8月18日月曜日
2008年7月17日木曜日
2008年5月4日日曜日
2007年11月26日月曜日
月下柳 初冬の満月夜
とにかく冬の月は圧倒的。
季節は冬だけど月の季節は夏。そんなムード
真上まで高く登る月の光は、
澄んだ空気の中をほとんど劣化するコト無しに突き進んできて
地上に張り付く。
夜中の真昼。
乾いた、微かないい香りのする大気を味わいながらいつまでも歩く。
ひがし茶屋街、螢屋前の広見に立つ柳越しに望む天頂の月。
季節は冬だけど月の季節は夏。そんなムード
真上まで高く登る月の光は、
澄んだ空気の中をほとんど劣化するコト無しに突き進んできて
地上に張り付く。
夜中の真昼。
乾いた、微かないい香りのする大気を味わいながらいつまでも歩く。
ひがし茶屋街、螢屋前の広見に立つ柳越しに望む天頂の月。
2007年10月15日月曜日
2007年9月23日日曜日
2007年6月28日木曜日
2007年6月27日水曜日
2007年4月7日土曜日
2007年3月4日日曜日
伊集院一族
京都の遠い親戚の家で、年に一度の多くの人達のあつまる行事が終わってバタバタと大勢が帰っていく中に私はいた。
広い三和土にはどれもこれもソックリの光沢のある黒いずんぐりした靴がごちゃごちゃ並んでいた。
自分の靴が見当たらず、側にいた女中なのか遠い親戚なのか分からない着物の女性に尋ねてみるとひときわ大きいずんぐりした靴の口に突き刺す様に入っている私の靴を出してきた。
どういう収納法なのかよく分からない。
他にもそういうふうにしてある靴がいくつもあった。
打ち水の撒かれた門までの飛び石の、
窪みにたまった僅かな水に弱い白熱灯の光が反射していた。
表は路面電車通の通る広い道、
城跡が近いこの辺りは木も多く、夜の始まりのいい香りのする風が漂っている。
間もなく花火がかなり近くで上がり始めた。
思わず見とれたが、辺りの人達は毎日のコトだからなのか特に観ている様子はなかった。
もう一つの靴を忘れていたコトを思い出し取りに行く。
そういえば私はここにしばらく滞在していたのだ。
戻ってみるとほんの僅かの時間しか経っていないのに、残っていた靴は全て箱に入って三和土と床板の間の隙間に二箱づつきっちり収まっていた。
せっかく片づけたのに、何をしに戻ってきたのか…と女中さんが二人、怪訝そうにしている。
探すのにすっかり手間取ってしまい表に戻ってくると、
友人達の様子がちょっとおかしい。
玄関脇の薄暗がりで私を取り囲み、独り言の様に地味に文句を言いはじめた。
どうやら乗るハズのバスに乗り遅れたらしい。
通りの向かい側のバス亭にはさっきまで大勢いた人達がキレイに居なくなっていた。
「あのバスを逃したせいで15分も無駄になる」とか、
「30分も待つコトになるなあ〜」などとまちまちなコトを言っている。
このまま文句を言わせておくのもな…。
計算してみてそんなに高くつかないコトが分かったので
流しのレンタカーを拾う。
(サスガ観光地京都だ。そんなモノがある)
運転していた学生アルバイト風の男は無愛想な顔のまま歩いて何処かへ行ってしまった。
クラウンをふやかした様なカタチなのに、乗り込んでみると運転席が最近自分が買い換えたばかりのドイツ車にソックリでしっくりきた。
うろ覚えの通りを右折左折しているウチに、いつの間にか真昼の様な白い明るい日差しの中を走っていた。
前は延々自分の拾った車と同じカタチの白い車がゆっくり連なって走っている。
陽炎の中、車列の前方に行くに従って蜃気楼の中のごとく距離感が喪失していた。
気が付くと反対車線を走っていた。
何台かこっちを向いて走ってくるけど、いっこうに距離は縮まらない。
左車線に戻ろうにも、車でいっぱいだった。
しばらく進むと、道路上に全部ウレタンで出来ている様な制服を着た交通警官が何人も立っていて、その誘導で今度は四車線の道を一車線づつ入り乱れて通行するコトになった。
でも一台一台がムカデの節みたいに繋がっているかの様に動いていて、
事故になりそうなカンジは一切なかった。
警官の顔はみな夜店で売っているお面みたいにツルツルしていた。
ますます距離感は喪失していき、
進んでいるのか止まっているのかすら分からない位になった。
大きなブラインドカーブを曲がると広場に出た。
先行車は一切消えて、また静かな夜に戻っていた。
当てずっぽうに一番広そうな左の道を行ってみると、間もなく薄暗い見捨てられた駐車場の様なスペースで行き止まった。
あんなに道路を埋め尽くしていた他の車はどうやら本格的に消えたみたいだった。
しょうがないのでまた広場に戻ってみた。
ちょっとだけ降った雪をかき集めて子供達が空き地に作ったスキー練習場の様な、
でたらめな勾配で構成された小さな盆踊り会場くらいの広場を中心に古い石造りのお店が並んでいた。
ほとんどの店は明かりを落としていて、
奥に人の気配はする店はあったけど通行人は全くいなかった。
チョゴリの様な配色の大きな垂れ幕をいくつも垂らした、中では一番大きなお店も、もう閉店が近いのかその垂れ幕を照らすライトは消灯しており、暗い空から何本も黒い滝が降りている様だった。
髪を短く切りそろえた中年の痩せた黒い服の店員が一人 愛想笑いを浮かべるでもなく、こちらを見ながら立っていた。
とりあえず、車を曖昧な角度のまま止めて一人が様子を聞きにいくコトにした。
後ろの席に残った内の一人は、さっそく携帯で友人に電話をし始めた。
その友人にはすぐ連絡がついたものの、共通の友人であるはずの‘中村’なんて知らない、
そもそも私達には‘な’で始まる友人などいないよ。と言われた。
私が携帯を取り出してみると、自分の携帯とはビミョーに違うカタチになっていて
いろいろ思い出す友人の名前は一切なかった。
垂れ幕のお店の左側に小さいショッピングモールの入り口があって、売れそうもないバックや服を均一価格で売るワゴンが仕舞い忘れた様に置いてあった。
店員は居なかったけど、傍らに所在なさげに太った男がブツブツ言いながら立っていた。
最初、精神薄弱者が独り言を呟いているのかと思ったけど、近づいてみると伊集院光にそっくりで、例の口調でさかんに何か話しかけてくる。
伊集院だろうと聞いても返事をしないので、しつこく聞くと‘今俺達の一族はあまり人気がないので今なら安い値段でファミリーになるコトが出来るよ’という意味のコトをちょっと不満げにしゃべった。
伊集院は何人もいるらしい。お金をはらって何かすると同じカタチになるというコトのか…
どうやらパラレルワールドに来たらしい。
車ごと5人も一緒に来られてよかったね、と言ったものの、
皆あまり賛同しているカンジもないし、
かと言って深刻に困った様子もない。
‘先が長くなりそうだから今のウチにトイレに行っておこう’と女性達が言い出したので、
そのままショッピングモールの中に入った。
彼女達がトイレに行っている間、モール内の閑散としたフードコートをうろつきながら遠い昔仕事でビデオクリップを作った曲の替え歌をふと思いつき、‘あなたもパラレル 私もパラレル’などと歌い出すとすぐに、側にいる友人とお互いを指さしながら陽気に盛り上がった。
ちょうど彼のツボに入ったらしく、たまに少し身を捩らせまでして笑っていた。
不安を感じている様子は微塵もなかった。
その友人は女装というワケでもないけど、スコットランドの民族衣装に似たカタチの白っぽいサテン生地のスカートを履いていた。
いつの間にか随分痩せてしまっていた。
もともとそういう趣味だったのか、この空間に入ってから徐々にそうなったのかもう今となってはよくわからなくなっていた。
とりあえず、自分もトイレに行っておこうと思った。
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